『ブラック語録』は、「ブラック企業大賞実行委員会」編著の本。
見返しに「飛び出す飛び出るブラック企業の仰天語録!」とある。
企業のトップに立つ人のブラックな名言(迷言?)を集めた本だ。
これが、あまりの凄さに笑ってしまう。
いや、笑い事じゃないのだろうが、すごすぎるんだもの。

“業界ナンバーワンになるには違法行為が許される。”
いきなり「違法行為が許される」である。いや、社長さん、それ言っちゃダメでしょ。
というか、マンガだったら完全に悪役のセリフである。
こんなのもある。
“謝罪はできない。これから暴力をやめるつもりはない。”
完全にヒール。
悪役設定の参考になる迷言がたくさんなので、ドラマ作りたい人は必読。

“4位 夕飯なし・風呂なし 3位 
風呂なし・4位の夕飯を食べる義務”

というのは、入社研修で「穴掘り競争」をさせていたIT企業人事担当者のブログからの迷言。
3位と4位になったグループのペナルティなんだそうだ。
「穴掘り競争」って、カイジか! リアルカイジか!

“休みをあげるとすぐにパチンコに行ってしまうので、その癖を抜くために毎日仕事をさせている。”
あいたたたー。

“過労死も含めて、これは自己管理だと私は思います。”
某社の代表取締役社長の言葉。

祝日もいっさいなくすべきです。同様に労働基準監督署も不要です。
これも同じ社長の言葉。
すごい。きっぱり。
のび太くん、ここに入社したら泣きだしちゃうだろうなー。
迷言の下には解説があって、さきほどの言葉の下にはこうある。
“発言の根拠として、「経営者は『過労死するまで働け』とは言わないのだから、(労働者が)休みたいならば自己主張すればよい」と理由を述べているが、現実には「死ぬまで働け」という経営者は決して少ないくない(29、60ページを参照)。”
いやいや、さすがに「死ぬまで働け」とは言わないでしょう、そこまでうかつじゃないだろうと思って、ページを開くと、
365日 24時間死ぬまで働け。
どーん!
うーむ。
でも、ちょっと考えてみると「死ぬまで」というのは、本当の死ではなく、精神論的な意味合いだろう。とは思う。

何しろ、1980年代後半には、「24時間戦えますか」というテレビCMのキャッチコピーが大流行。
これが、皮肉でも、批判でもなく、24時間働くことを本当に勇ましく歌い上げ、それが支持されていたのだ。
CMソングもヒットしたが、歌詞もすごい。
“アタッシュケースに勇気のしるし はるか世界で戦えますか”
のあとに
“ビジネスマン ビジネスマン ジャパニーズ・ビジネスマン”
である。
二番では“有給休暇に希望をのせて”たりして、隔世の感があるとはこのことか。
栄養ドリンクのCMであり、多少の戯画化はあれども皮肉ではなく、勇ましく24時間働くことを歌い上げていて、それに憧れたり、共感していたわけだ。
そういった世代が社長をやってるんだと考えれば、世界が急激に変化しすぎて、個人もしくは会社組織が対処できてない齟齬および悲劇なのだと思える。

本書『ブラック語録』には、発言者の名と、会社名も書いてある。
この原稿で、そこを外したのは、べつにビビってるわけじゃなくて、正直なところ「ブラック企業対象実行委員会」の方法論も、ちょっと黒いなーと思うからだ。
たとえば、“泳げない人は沈めばいい”という迷言は、「月刊BOSS」(←そんな月刊誌があるんだ!?)2013年6月号からの言葉。
雑誌ではどういうふうに書かれているのか調べてみたら
“「泳げない人は沈めばいい」と豪語したほど、ビジネスに対して厳しさを求める”
という感じで、本人のインタビューや、本人の直接の言葉ではなく、ライターが書いた文章に出てくる、しかも直接聞いたわけでもなさそうな言葉、つまり孫引きなのだ。
本人の発言として言葉を引くには、これはフェアではないだろう。
「都市伝説」の特徴としてよく使われる用語で「FOF」というのがあって、これは「友達の友達(friend of friend)が言ってたんだけど~」という語りの手法。つまり、本当かどうか当てにならないってこと。
もちろん「ブラック企業」で苦しむ人がいることは、よくない。
どうにかしなければならない。
それは大前提。
でも。黒いから、何でもやってよし、糾弾、やっつけろ。じゃないほうがいいと思う、それじゃ甘いのかなー。
(米光一成)